SSブログ

Zugbildung TEE Blauer Enzian 1967 [Zugbildung]

b500_zb_TEE_BE55_67.jpg

ようやく、先日紹介したTEE Blauer Enzianの編成表を作成することができた。いつものことであるが、編成表を作成するには手元にある資料などで確認作業を行いながら慎重に進めるため、中々完成出来ないのである。特に過去の編成であるが故に資料や画像を検証しながらの作業である。幸い、今回のTEE Blauer Enzianは比較的資料や写真が少なくなかったので、比較的問題のない作業でもあった。

さて、今回の編成表は、メルクリンモデルの設定した1967年のTEE 54/55 Blauer Enzianということで、Hamburg-Altona - Muenchen Hbfを結ぶ列車である。途中Nuernberg Hbfで方向変換し、機関車を付け替える作業がある。この列車の画像を見ると、E03がTEEを牽引している姿はいつもBlauer Enzianで更にHamburg - Nuernbergのどこかである。この区間は、まだ路線の整備が整っていなかったせいか、最高速度は140km/hに抑えられていたのでE03にとってはあまり活躍の場とは言えない状況であったのかも知れない。
一方Nuernberg - Muenchen間は、Angsburg HbfからMuenchen Hbfの区間が既に高速用に整備されていたので、当時から180Km/hの最高速度が認可されていた。その速度を出せる当時唯一の機関車であったE03形機関車が、間違いなくその任にあたったと考えられる。
つまり、Nuernberg Hbfでは、合計4両のE03形機関車をこの列車のために2両づつ付けかえ作業しながらやりくりしていたことになる。

モデルでは、機関車は今年の新製品であるワンアームタイプのE03 001(37575)はもちろん、MHIモデルのE03 004(39573)や初代のE03 002(3053)も、もちろん使える。
客車は、24cmから27cm、最近の28.2cmモデルまで、今迄リリースされて来た黒裾62系列TEE客車であれば使えるのだが、今回の表ではあまりに使える客車が多過ぎて書ききれなくなってしまったため、敢えてTEE Blauer Enzianのサボが印刷されている今年の新製品である00776のみを記した。
編成表の色が薄くなっている2両の客車は、状況に応じて1両なり2両の1等客車を増結した時のものである。よって通常は、食堂車、バー車を含めた5両編成である。

1967年当時は、103.1形機関車がまだ登場していなかったので、TEE客車列車のほとんどは電化区間はE10.12(112)形機関車の牽引で、俊足で流麗なE03形の牽引する唯一のTEE列車であるBlauer Enzianは、羨望の的であったのかも知れない。

その当時の列車の再現は、基本5両編成と短くモデル向きなことに加え、E03形牽引列車という華やかさの象徴とも言えるので、手に入れるのが実に楽しみなモデルと言えよう。
nice!(0)  コメント(7)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 0

コメント 7

deanna

画像が見えないのは私だけでしょうか?
by deanna (2009-03-30 22:21) 

Akira

こんばんは、deannaさん。

パソコン上で画像が見えませんか? 私のケータイでは画像が小さ過ぎて内容の理解は不可能でした。
by Akira (2009-03-30 22:52) 

deanna

パソコン(Windows)で見てますが、左上に×とその右にb500_zb_TEE55-BE_67.jpgの文字が見えますけど。
by deanna (2009-03-30 22:58) 

Akira

deannaさん。

失礼しました。これはおそらく私のデータ作成ミスが原因です。たまたま私のMacで普通に見れたので気がつきませんでした。ご指摘に感謝いたします。
by Akira (2009-03-31 00:08) 

deanna

Akiraさん。見えました。ありがとうございます。
by deanna (2009-03-31 00:10) 

東西急行

Akira様、東西急行です。
久方振りの「HOメルクリンと遊ぶ」コーナーに驚喜して
おります。
長車体の短編成、緊密な機関車運用等TEEの緊張感
が伝わります。なおTEE通過線区の踏切は列車通過の
相当前(五分以上)に閉塞されたと手持ちの資料「写真
で楽しむ世界の鉄道ヨーロッパ編3」に記載が有ります。
交通機関の交錯する地点での事故を(自動車側を制限
することにより)未然に防ぎ、商業旅客を迅速に往来さ
せる奮闘振りはF-Zugの流れが生きていた証左です。
附記:先日来申しておりました資料
"I TRNI DELLA CIWL-SLEEPERS,DINERS
& PULLMANS"
が本夕刻到着致しました
(受領支払は同居人の代行でした故回収するのが非常
に面はゆかったですが…不在票の方が気が楽です)。
肝心のSimplon-Orient-Expressは僅か一頁で省略
され、掲載写真も列車面は今次大戦後の国最長距離夜
行復活も一時的で、航空網の圧力に屈して行く衰亡時
代のものばかりでした。
其れでも意外にも多くの列車にワゴンリが混じっていた
と知ることが出来ました。
車輌面では丸屋根の木造寝台車(S1~3の原型)、アフ
リカ(英領エジプト)で運行されていた(らしい)プルマン座
席車他が貴重な収穫でした。



by 東西急行 (2009-03-31 20:48) 

Akira

東西急行さん、こんばんは。

ドイツでは、長編成は看板列車のTEE Rheingold/Rheinpfeilのドイツ国内ぐらいで、その他はせいぜい6両編成というのが普通でしょうか。やはり1等車故のことだと思います。今のようなICE16両編成など2等車なしでは考えられないでしょう。
踏切については、面白い思い出があります。私が在独時には、単線非電化亜幹線はともかく、幹線には踏切など皆無という状態でした。その後、いつものお気に入りの鉄道テレビ番組Eisenbahn Romantikを見ていたら、60年代の白黒鉄道映画を放映していまして、渋滞や踏切事故回避のために幹線は全て立体交差化する事業を始めたとあり、我が国の現状を思うとその先進性に驚いたものです。

CIWL本到着おめでとうございます。タイトルからはイタリアの本のようですね。イタリアは主にCIWLがサービスしていましたからドイツよりCIWLが身近なのかも知れませんね。機会があれば見てみたいです。


by Akira (2009-03-31 21:33) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0