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晩秋のドイツ旅行(4) [Reise]


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翌朝は、それでも5時台に目が醒めてしまったのは時差ボケなのだろうが、前夜は夜10時には深い眠りについたので睡眠はちゃんと取れているのだろう。6時過ぎてからシャワーを浴び、朝食もゆっくりと頂いた。息子のホストファミリーは自分の子供のように可愛がってくれた昔ながらの良きドイツ人ご夫婦という印象を持った。しっかり者の奥さまと冗談が大好きでいつも笑いが絶えないご家庭であったことは、一晩ご厄介になっただけですぐに理解できた。こんなホストファミリーに出会えて本当に息子は恵まれている。

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前日にザールブリュッケンでする作業を全て終えてしまったので、この日は息子にザールブリュッケンの中心市街地を案内してもらうことにした。ここReimsbahchは、自然豊かなBeckingenという町に属する人口約2300人の村である。それでも生活のために必要なものは全てここで調達できるのだそうである。ここからザールブリュッケン迄はバスと鉄道を乗り継いで行く。まず、バスでBeckingen駅迄約20分程度走る。Beckingen駅は何と無人駅。ここの自動販売機で切符を買いザールブリュッケン迄RB(ET426)かREでザールブリュッケン迄行く。もうDBでは電化区間の近距離列車の中心となっている連接タイプの電車である。
途中、世界遺産となった製鉄工場跡Völklinger HütteもVölklingen駅から見える。夜になると妖しい光の演出で、工場萌えの方々にはたまらない場所であるように思う。約30分程度でSaarbrücken Hbfに到着する。

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昨日は、長旅の疲れもあって駅をゆっくり見る事も出来なかったが、この日は時間もあるので駅や街の散策が出来る。しかし天気はあまり芳しくなくどんよりとした曇り空である。ホームにはS3/6形(パシフィック軸配置)の車輪のみの下回りがオブジェとして飾られているのを見つけた。ただ、保存状態は良くなく動輪の赤色が色褪せている。蒸気機関車全盛の時代は、ここもヨーロッパの東西幹線の主要駅の1つとしてパリ方面へ向かう多くの蒸気列車が行きかったのであろうことが想像出来る。

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▲ Saarbrücken Hbfの駅舎はモダンな建物。

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▲ Saarbrücken Hbf駅前広場は、トラムとバスの停留所に大きく敷地が使われている。ホームの後ろの建物はショッピングモール。

駅建物は新しいもので立派ではあるが、ちょっと無味乾燥なビルである。正面玄関上にはDBマークとSaarbrücken Eurobahnhofと記されている。やはりフランスを意識してのことであろう。私が駅舎以上に感動したのが、駅前に広がる路面電車とバスのための電停である。ちゃんとしたプラットホームになっていて、そこにトラムとバスが行き交う。バスもトラムと同じホームを使用し、信号もトラムのための信号を使っている。私が住んでいた時代のカールスルーエでも同様であったが、改めてドイツではバスとトラムの垣根がなく同じ公共交通として利用されていることに、ハードウエア以上に日本に比べてそのしくみの先進性に感銘を受けた。

Saarbrücken Hbfの駅前広場正面の一角にあるのは、ショッピングモールである。一通り中を歩いてみたが、日本のイオンモールのような巨大さはないものの、歴史的な建物のファサードを残しながら内装を全て新しくし、モールとしての機能を加えた高級感も兼ね備えたつくりである。日本のショッピングモールは、そのほとんどが駅から遠くクルマで行くことが前提になっているが、ここのように駅前にモールを作る事で市街地の活性化を果たしている好例だと感じた次第である。

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▲ 市役所前を走るトラム

駅から旧市街地域に至るBahnhofstrasseは道幅の広い歩行者専用道であり、買い物客で賑わいのあるモールである。市役所のある街の中心にはトラムがひっきりなしにやってくる。ここはザールラント州の州都であるが、人口約17.6万人程街の中規模の街である。街の中央にはザール川が流れ、そこには中心街からの橋が掛かっている。

ドイツに来ていつも感じる事の1つに、街の中心街のにぎわいである。私の住むここも駅の近くは賑わっているが、都市計画で車道が幅広くなり、車道左右の店舗が完全に分離してしまっている。クルマあっての地方都市であるここは、いつの間にか街を散策する楽しみが奪われてしまっているのに気づくのである。
歩車分離が当たり前で駅前にショッピングモールのあるザールブリュッケンの中心街は、戦前からの建物(Altbau)も数多く残され、美しさと居心地の良さを残した街であると感じた次第である。

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中心市街地を一通り見て歩き、再びHbfに戻って帰りの電車が来る迄の間、ホームで撮り鉄に励む。近距離電車のET426形に混じって、2階建て客車のREやVT612など同じ赤色でも結構色々な車種に巡り会うことが出来た。ICEカラーのIC列車もやってくる。その中でひときわ異彩を放つ車両が留置線に居るのを見つけた。(上画像)これは、フランスのStrasbourgへの連絡を担っているSNCFのX73XXX形(DB仕様はVT641形)気動車である。DBのVT641形はもちろんV.Rot塗装である。

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▲ ロシア鉄道の寝台車

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▲ ロシア鉄道の寝台車のサボには、モスクワ、ベルリン、パリの文字とそれぞれの都市のシンボルが描かれている。

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▲ ポーランド国鉄の食堂車

そうこうしていると見慣れない客車列車が停車しているのを見つけた。これは何とモスクワ-ベルリン-パリを結ぶ寝台列車である。カールスルーエに居た時もたまに1両だけごついコルゲート付きのソ連(ロシア)の寝台車を最後尾に連結した夜行列車を見掛けたことがあるが、これは新しいグレーをベースに赤いラインを施した外装の堂々とした編成。ポーランド国鉄(PKP)の食堂車を連結している。ちょっとホームから車内を覗くと寝台車の他、サロン設備を備えた車両やお酒が並んだ棚とバーカウンターなども見える。ちょっとしたホテルのような豪華さとまではゆかないものの、かなりの長距離を走る列車である。民主化を果たしたロシアの鉄道もどんどんサービスが改善されていることが、この列車から伺われる。

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列車の先頭には、SNCFの電源に対応したBR 181.2が牽引している。この機関車は、走っている路線が少ないためか模型化されているのは僅かであるが、車体中央部分の窓が屋根に廻り込んでいる曲面窓を採用するなど、ちょっと個性的で好きな機関車の1つである。

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▲ ホストファミリーの親戚など家族で経営しているレストランバー。玄関口を見れば、ここは以前家畜小屋であったことがわかる。以下改装された店内。

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再び、来た道のりと同じ方法でReimsbachへ戻る。この日は結局曇りと小雨模様のあいにくの天気であったが、相変わらず元気なホストファミリーご夫妻に迎えられ、息子が語学学校から帰ってから練習に励んだサッカークラブの施設やら、ホストファミリーの家族で経営しているレストランバーを案内されたりと、工夫をこらしながら、この美しい小さな村で楽しんでいる様子が良く理解出来た。このサッカークラブは、日本のサッカークラブとの交流も積極的で、前橋のサッカークラブの子供達も6年生になるとここに数日間のプログラムで滞在する。クラブハウスは100人以上収容でき、上階には訪れるチームの宿泊も可能である。このクラブハウスは現在拡張中であるが、充分な予算がないのでゆっくりと工事が行われている。私が訪れた時も部分的に工事中であったが、きっと再び訪れる頃には、そこも完成しているであろう。ここで感心したのは、サッカーのクラブハウスにしてもレストランバーにしても、その工事のほとんどを自分達で行っていることである。プロを使って工事する部分は、重量物を扱う時や専門知識が必要な限られた部分だけで、あとは自分達で行うというのが、やはり彼らならではである。

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▲ Schwenkerで焼かれているお肉達。

バーでビールを一杯ご馳走になった後、帰宅して夕食をご馳走になったのであるが、この日は私のために寒くなったにも関わらず、昨日会ったH氏が合流してこの地方の名物料理であるSchwenkerをご馳走になった。これはバーベキューの一種であるが、天井から吊り下げられた金網に3日間程タレに漬け込んだ豚肉を乗せ、ブナ材の蒔で焼く料理である。肉を天井から吊り下げている金網に載せるのは、金網を廻して焼くためである。また金網の高さを蒔の炎の丁度上の部分に調節することで、美味しさが増すのだそうである。特に燃料となるブナ材は、この地方で良く取れる木材で、焼いた時の味にも影響があるそうである。Schwenkerの名前の由来は、おそらくドイツ語の動詞のschwenken(揺れる)から来ているのであろう。考えてみれば、このような肉の焼き方はとても理に叶っている上にプリミティヴである。同じドイツでもバイエルンではこのようなバーベキューの方法はなく、ザールラント名物と言われる所以でもあろう。もちろんビールのお供としてうってつけの料理である。寒かったので流石に外で食べるという訳にはゆかず、家に入って食べるのだが庭と繋がった地下室に、ちゃんと2つめの食事室があるのは良く出来ている。奥さんの作った2種類の美味しいサラダと一緒に食べるSchwenkerの肉は小さいものではなかったが、2枚を平らげるのにさほど時間が掛からない程美味しいものであった。こういう郷土料理はレストランでは食べられまい。

食事の後は、ご主人の趣味である世界のアルコール類が並んだ地下のバーコーナーでスパークリングワインをご馳走になり、私自身がアルコール漬けになってしまった。翌朝早く発つので、セーブしながらもベッドについた時には、昨日同様数秒で気を失っていたのである...。

続く

[EDIT] 2020-06-12
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コメント 4

HUH

 ザールブリュッケンはドイツでもちょっと異なる雰囲気がありますね、料理も街も。そして国際色溢れる列車たちは魅力的です。
 ちなみに、些細なことですが、最初の写真は423形ではなく、426形です。この地方では、Saartal-Bahn (Trier – Saarbrücken – Homburgなどで使用されているはずです。
by HUH (2012-11-12 21:20) 

Akira

こんばんは、HUHさん。

今回の旅は、今迄のドイツ旅行とはちょっと違う趣でした。ザールブリュッケンは、産業基盤が斜陽なので他の州より劣ったイメージがありましたが、今回訪れたことで私が持つイメージは変わりました。やはりドイツらしい質実剛健さはあり、それに加え豊かな自然と歴史の遺産、そしてそれらを守りながら時代と共に変化する人々の要求に柔軟に応えるまちづくりなど、大変勉強になりました。

423形ではなく426形でしたね。失礼しました、修正しておきます。
by Akira (2012-11-12 21:30) 

Berliner

ホストファミリーに恵まれて幸せですね。語学学校が仲介するホームステイ先では、最近お金のためだけに余った部屋を貸しているようなところもあるようです。食事もつけてもらったら(もちろん有料)、毎日ドイツ風スパゲティー(茹で過ぎのパスタに市販のソースをかけたもの)だったなんて話しも聞いたことがあります。もっとひどいのになると・・、こういう話しは止めておきましょう。そんなドイツ人ばかりじゃないってことでほっとしました。

私は週末、ドレスデン、ホーフを経由してニュルンベルクまで乗り鉄の旅をしてきました。早朝のベルリン東駅でロシア鉄道の寝台車を見ました。

ベルリンとパリを結ぶ列車に以前はロシアの客車が繋がっていましたが今は連結してないみたいです。ロシアはまだ西欧諸国への鉄道連絡に力を入れていますね。新車を導入した上、豪華寝台車も使っています。

朝のベルリン東駅の様子、ブログで紹介しました。ご笑覧頂ければ幸いです。
by Berliner (2012-11-13 06:15) 

Akira

こんにちは、Berlinerさん。

私自身は語学学校から紹介されたホームステイで数十年前に1年間過ごしましたが、運良く良いホストに恵まれました。やはり最初の問題は日独のメンタルの違いなのかも知れませんね。その点私も息子も日本人をゲストとして迎えた実績があったのが良かったのかも知れません。
ただ、確かにホストファミリーと上手くゆかなかったという事例も聞いた事があります。きっとその逆もあるでしょうし、このあたりは難しいところですが、ドイツをより深く知るには、最も良い方法だと思います。

さて、ベルリンの夜行列車の乗り鉄記事を楽しく拝見いたしました。私も今回の旅でニュルンベルクからベルリンまでのルートを、昼行ですが初めて乗車しました。更にS-Bahnでベルリン東駅にも行ってみました。
おそらく、私がザールブリュッケンで見たロシア鉄道の寝台車も豪華な個室もあったと思われます。このような列車を間近に見るとこれに乗ってモスクワにも行ってみたくなってきます。
by Akira (2012-11-13 08:54) 

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