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Gotthard Pullman Express [欧州鉄道]

Gotthard-Pullman-Express_posterb.jpg

▲ CFF(SBB)とCIWLによる1927年の"Gothard Express Pullman"ポスター Quelle: Wikipedia


前回の記事でオリエント急行の名前で1992年に運行されたCIWLプルマンと食堂車によるクルーズトレインについて記しましたが、その時のチラシのオリジナルが上画像のポスターです。
これは、1927年に制作されたSBBとCIWL共同制作のポスターで、列車名称は「Orient Express」ではもちろんなく、「GOTHARD EXPRESS PULLMAN」と記されています。敢えて関係のない「Orient Express」の名称が使われていたのは、やはりCIWL客車をイメージさせるのには、Gotthard Pullman Expressよりも手取り早いから..でしょう。

運行は1927年からドイツ・フランスとの国境のスイス・バーゼルからイタリアのミラノを結ぶ列車で、CIWLのプルマンによって運行される以前は1909年以前からゴッタルド鉄道(GB)、また1909年以降はSBBによってGotthard Expressとして運転されてきた欧州南北を結ぶ路線を走る重要な列車でした。

運行されていたのは、バーゼル - ルツェルン - アルト・ゴルダウがCIWLの1、2等プルマン客車は「Côte D'Azurプルマン」による厨房なし1等、厨房つき2等各1両とSBBの荷物車の3両編成だったのではと考えられます。チューリヒ - アルト・ゴルダウも同様でアルト・ゴルダウ駅にて2つの列車が連結して6両編成でゴッタルド峠経由でミラノに向かうのでしょう。1930年には夏季に限ってですが、バーゼル始発ではなくパリ始発になりました。またパリからの編成は、途中BLSのベルフォート - デレ - ベルン経由でインターラーケンまでのFlugelzugとして、列車名も「Gotthard-Oberland-Pullman-Express」として運転されました。インターラーケンからレマン湖畔のモントルーまでの路線は今も多くの観光客が訪れるゴールデンパスルートで、当時から狭軌路線のMOBにCIWLのプルマン客車が"Goldenpass Pullman Express"として運行されていました。(今もプルマン車両はレストアされて動態保存車両としてMOBで運用されています)

機関車は、バーゼル - ルツェルン、チューリヒ - アルト・ゴルダウがAe 3/6 I形 と Ae 3/6 II形 が牽引し、ルツェルンからはBe 4/6形が牽引、1930年からはAe 4/7形がイタリア国境駅のチアッソまで連結されました。チアッソからは終着ミラノまでFSの680形蒸気機関車が牽引していました。

当初は、3月から6月までと9月から11月までの期間限定での運行でしたが、その後通年運転になりました。夏季の観光需要だけでなくイタリア・ミラノとスイスのバーゼル接続でパリやドイツ、オランダの諸都市からのビジネス利用も少なからずあったのではないかと考えられます。

しかし、この豪華プルマン列車も世界恐慌のあおりを受けて1931年に終焉を迎えてしまいました。
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