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FD 1980/1981 Königssee 1988 Sommer [欧州鉄道]

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▲ 1989年に作成した編成図です。クリックすると少しだけ大きくなります。当時、メルクリンインサイダー会員専用フォーラムで質疑しながら作成したものです。

メルクリンH0で今年の新製品として告知されたFD 1980 "Köenigssee"客車セットを見て、ぜひこの列車の編成表を作成したいと考え、調べてみると、どうしても旧塗装の同列車の資料が見つからず、更に調べを進めてゆくと、メルクリンからアナウンスされた旧塗装の仕様のモデル群はダイヤ改正直後のかなり限られた期間のみ運用されていたのではないか...と思うようになりました。

・・・・・

私がドイツ留学で渡独したのは1988年8月。初めて降り立ったブレーメン空港は、当時地方空港として相応しい規模の小さな空港で、タラップから階段を降りると夏なのに15度という気温でとても寒かったことを覚えています。
この時まで(西)ドイツに足を踏み入れた経験は2度ほど。初めての時は大学生時代の独自企画のツアーで、そして卒業後、就職して2年目の冬休みに友人と二人で旅行をした時の2回。既に東京のドイツ語学校で1年間勉強したとは言え、実用のドイツ語もまだほとんどできない中、ドイツの語学学校で選んだ場所がブレーメンだったことによります。

1988年と言えば、1985年にドイツの鉄道が開業150周年を祝い、Neumeister DesignによってデザインされたICE-Vが登場し、ドイツ連邦鉄道(DB)として最後のCI/PIを発表した年から3年が経ち、当時発表されたInterRegioが高速新線を経由して走りはじめた年でもありました。
当時DBでは、伝統的なD-Zugを地域間急行として新しい種別のInterRegio(IR)に置き換えようとモダンなデザインに改造したUIC-X客車を使って、2時間おき定時発車のタクト運用を始めました。まだ1路線でしたが、車両が単なるリニューアルとは異なり、台車と台枠、車体以外は全て新しくしたほぼ新車のような車両だったことや、IC/ECとは異なり特別料金を取らない地域に根差した列車だったこともあり、利用者には概ね好意的に受け入れられ路線ネットワークは次第に拡大してゆきます。

一方、ICEが登場する前ですから、IC/EC列車はDBの最高種別として主にビジネス利用が多く、長距離利用者が1時間ヘッドで西ドイツを網羅する全国ネットワークが築かれていました。(日本のL特急はInterCityによく似たコンセプトでした)
更に、主に観光利用を狙った長距離列車もDBでは少ないながらも走っていて、北ドイツのハンブルクやルール地方からの利用者をアルプス山脈が連なる南ドイツ・オーバーバイエルンの観光地へと結んでいました。それはICではなくFD(Fern D-Zug)という種別で、IR同様IC/EC料金を必要としない長距離列車でした。車両自体は、ほぼIC/ECと同じ1等区分室車、1等開放室車が62系列(Avmz 111/Apmz121)、あるいはEurofima客車(Avmz 207)、また2等区分室車はUIC-X(Bm 235)、2等開放室車はUIC-Z(Bpmz 291)を使用していて、供食車両は当初はQuickPickやCafeteria車両、後には半室食堂車(ARmz211/217)や全室食堂車(WRmh132やWRmz135)などが組成されていたようです。*形式は他にもあります。
そして列車名も観光向け列車らしく「Tegernsee」や「Alpenland」など南ドイツの観光地の地名や名称が付けられていて、名前を聞くとFD列車であるとイメージしやすくなっていました。

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▲ 1988年夏ダイヤの"FD 1980 Königssee"編成表の資料。クリックすると少し大きくなります。

さて、今年のメルクリンH0の新製品にはDB時代のInterRegio客車が28.2cmモデルとして告知された他、"FD 1980 Köenigssee"客車セットが発表されました。
この"FD Köenigssee"は、他のFDとは異なり、唯一当時の高速新線を経由してハンブルクからブレーメン経由でハノーファー、そしてミュンヘンへと結ぶ観光特急という位置づけで、車両も最高制限速度200Km/hを施した車両のみを使っていました。更にはその車両はトンネルの多い高速新線を経由することから、気密仕様に改造された新塗装の最新客車が用意され、IC/EC列車でさえまだ高速新線経由以外の路線では、通常仕様の車両と混成されたり、旧塗装と気密仕様ではない新塗装車両が混成する運用が多かったりしたものです。*ブレーメン中央駅は、ハンブルクとルール地方経由で南下するIC列車の停車駅でした。

しかし、メルクリンから発表された1988年仕様とされたH0客車セット(43767/43768/43769)は、全て気密仕様ではない旧塗装でした。私がブレーメン中央駅で撮影したり、この列車を使って遊びに出かけたりした時は、既に全車両が最新仕様の客車で組成されていましたが、ダイヤ改正当初の5月あたりの写真を見ると、旧塗装の客車が混成されていたりしてのを確認しています。更に1988年の夏ダイヤ改正では、列車番号がFD 780/781からFD 1980/1981に変更されていて、この改正が走る路線、車両変更の大きな変更点だったとまだ未確認ながら感じています。(未確認としたのは、1987/88冬ダイヤの列車番号の確認が取れていないためです)

そうなると、今回のメルクリンH0新製品で発表された客車セットのモデルは、もし1988年夏ダイヤ改正後すぐの過渡期の編成を想定したものとするならば、これだけでは両数的にもちろん足らず、もしかしたら来年度以降、これの増結セットや単品モデルとして、気密仕様の新塗装がアナウンスされるかもしれないと、期待してしまいます。
ただ、そう仮定するとアナウンスされた1等/食堂合造車ARmz 211(43767)は組成されていたのか?という疑問が湧いてきますが、このモデル自体は新設計のため、歓迎したいモデルでもあるわけです。

一方で、なぜメルクリンは特徴的なIRブルー仕様の客車セットに(でき)しなかったのか?という疑問は湧いてきます。食堂車のWRmz 137 "Bord Restaurant"はTouristik塗装としてインテリアは異なるもの同形製品を既にリリースしています。1等区分室や2等開放室の座席車両も既にあり、無いのは唯一の新製2等区分室客車 Bvmz 185ぐらいでしょうか。

最後になりますが、冒頭に記している編成表は、全てIRブルーに塗装(Bord Restaurant食堂車のみOrientrotのIC塗装)かつ気密仕様の車両のみで組成された編成表のため、今回のモデルセットの編成表ではありませんが、1988年夏ダイヤのものであれば、形式が異なるものの参考にはなるかと思います。

このテーマについて、何かご存知のことがあればコメントいただければありがたいです。謎の"FD 1980 Köenigssee" 1988 夏ダイヤです。
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CIWL Pullmanwagen [欧州鉄道]

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▲ クリックすると拡大画像で見ることができます。

昨年のメルクリンH0新製品でCIWL鋼製車輌モデル(42470)が登場して以来、...その先の展開が気になるのは私だけでは無いでしょう。今回はプルマン車輌(2タイプ、計4種)と荷物車両のモデルが登場しましたが、先日のブログ記事でも記したように26種類ものCIWLプルマン列車が存在していたようで、これらプルマン列車がどのような車両で運用されていたのかがとても気になります。

CIWL客車は、全ての車両(寝台車、食堂車、プルマン車、荷物車など)が4桁の通し番号であるために、番号での分類が極めて難しく、理解するには上図のようなリスト化が必要になります。CIWLではドイツのような制式としている形式が曖昧で、車体に表記されていないタイプとして表現されています。1960年代末のUIC化で、一応統一的な車両の理解は得られるものの形式分類的には難しいというのが私の印象です。

そこで手元の資料(CIWL客車リスト)からプルマン車両のみを抽出して上画像の一覧表を作成してみました。こうして整理してみると色々なことが見えてきます。
例えば、プルマン車両は、1925年〜30年までの5年間のみ製造されていたことや、そのような短期間でも数種類の異なるタイプのプルマン車両が登場していたこと。3等級制(ALは4等級制)の中で1・2等のプルマン客車があったこと。その2等車はフレッシュ・ドールとエトワール・デュノールの2タイプ(エトワール・デュノールは2等のみ)あり、両車とも厨房のあるなし含めて30両(フレッシュ・ドール)、40両(エトワール・デュノール)にもなるので話題にもなっていなかったでしょうが、1等と2等の両等級車両で組成されるであろうプルマン・エクスプレスであるので、むしろどの列車も編成は同じかも知れないと感じたのですが、実際は1等1両+2等2両+荷物車というような編成もあり、運用される路線の状況で様々なパターンがあるようです。

戦前の列車組成表は、なかなか見つからないため、正確かどうかは....疑わしい...かも知れませんが、今後メルクリンからCIWL客車が登場する度に車両と運用の資料調査をすることがライフワークの1つになりそうな予感がしていますw

さて、再び上図のリストですが、手元にある資料のみで作成しているため、「?」など不備な点があり、このリストの誤記はもちろん、追記すべき点なども含めてご覧の皆様のご知見をいただければ嬉しいです。

[参考文献] L'INDÉPENDANT DU RAIL 64 / FÉVRIER 1969
タグ:Ep.II CIWL Pullman
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EDELWEISS-PULLMAN-EXPRESSとRHEINGOLD EXPRESS [欧州鉄道]

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▲ Quelle: DER RHEINGOLD EXPRESS / Motorbuch Verlag

メルクリンH0の昨年の新製品CIWL "EDELWEISS-PULLMAN-EXPRESS"セット(42470)が日本でも市場に出回り、オランダとスイスを結ぶ2つの列車について以前当ブログでも記しました。
そこで今回は、この2つの列車の具体的な競争と協調関係について記してみたいと思います。

上画像(上)は1929年のBasel SBB駅で並ぶRHEINGOLD-EXPRESS(左)とEDELWEISS-PULLMAN-EXPRESSです。
一方上画像(下)は、1930年から1938年までBasel SBBからZürich HBまで、更に夏ダイヤでは、一部Kurswagenとして保養地Luzernまで、この2つのライバル列車が混結する形でSBBの電気機関車に牽引されて一路Zürichに向かう様子のショットです。

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▲ "EDELWEISS" 1935年夏ダイヤ 何故かこの時刻表にはRheingoldと異なり、食堂サロン付きとは記されていません。Baselまでは一般座席車両も連結されていたのかも?|Quelle: DER RHEINGOLD EXPRESS / Motorbuch Verlag

この時刻表は、EDELWEISS-PULLMAN-EXPRESSのものです。早朝8:00すぎにAmsterdam CSを出発した列車は、ベルギーのBrüssel、ルクセンブルク、Strassbourgを経由し、Basel SBBに18:00丁度に到着するダイヤです。その後、Zürich HBには20:03、Luzern HBには20:24と、アムステルダムからバーゼルまで所要時間は10時間、チューリヒやルツェルンまで12時間以上と今では気の遠くなるような長時間旅行ですが、その長い時間車内では退屈させないサロンカーとして寛ぎと供食の体制が整っていたはずです。おそらく朝食、ランチ、午後のティータイム、Baselから先は夕食まで提供されていたと想像できます。

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▲ "RHEINGOLD" 1935年夏ダイヤ |Quelle: DER RHEINGOLD EXPRESS / Motorbuch Verlag

一方のドイツの看板列車RHEINGOLD-EXPRESSは、同じオランダでも出発駅がアムステルダムではなく前日夜出発のロンドンからの列車(Continental Express)でHarwich港まで、そこでフェリー(L.N.E.RのSS Amsterdamなど)に乗換え船内で1泊、翌朝接続する港町のHoek von Hollandが発着駅で6:58に出発。(UtrechtでHoek von Holland発着と連結するAmsterdam CS発着もあり)ロッテルダムでEDELWEISSのルートと離れ、ユトレヒト、Düsseldorf、Köln、Mainz、Karlsruheを経由しながらライン川に沿って南下、EDELWEISS-PULLMAN-EXPRESSがBasel SBBに到着する同時刻にBasel Reichesbahn(現在のBasel Bad)到着。そしてBasel SBBには18:19に到着するダイヤになっています。始発駅からBasel SBBまでの所要時間はEDELWEISSよりもさらに1時間ほど長く掛かったようですが、両列車が停車するロッテルダムからバーセルまでの距離を比較すると、29KmほどEDELWEISSの方が短いです。
Basel SBBではこの2つの列車を連結し、2列車を1両の当時最新型のAe4/7形電気機関車で牽引しRHEINGOLD-EXPRESSとしてLuzern HB、また夏ダイヤではLuzern HBへも結んでいました。

この時刻表は1935年夏ダイヤで、ドイツではナチが政権を掌握した2年後で、少々キナ臭い社会の雰囲気が感じられる中、ブルジョア階級御用達のこの2つの列車は、ビジネスやバカンスの足として毎日走り続けたのでしょう。

CIWLは、オリエント急行で有名ですが、ベルギーに本拠地を置き、西欧から中・東欧、北アフリカ、中東、ソビエト、中国、満洲国にまで自社車両で運行するサービスネットワークを持つ国際寝台会社でした。一方MITROPAは、ベルリンに本社があり別会社ながらDRGの子会社として寝台や食堂車のサービスを行っていた会社でした。看板列車のRHEINGOLD-EXPRESSはMITROPA唯一のプルマン車両で運用されていて、CIWLがPULLMAN-EXPRESSを多方面に運用していたのとは対照的です。ただ、CIWLのプルマンも総車両数はそれほど多いわけではなく、限られた特別な列車であったことは間違いないようです。

メルクリンH0では、この2つの列車で使われた客車は模型化されているので、スイス国内での編成も可能と思います。Ae4/7形機関車モデルはメルクリンH0では製品化されていないですが、折角2列車とも客車が揃っているので、美しい山岳レイアウトの上を走る模型の世界でも楽しめるスイス形ファンのためにも製品化の検討をして欲しい機関車です。

[EDIT] 2024-04-08
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ÖBB Nightjet der neuen Generation [欧州鉄道]

欧州の夜行列車は、DBのCity Night Lineが撤退して、その後の空白期間を経てÖBBがその一部を引き継ぐ形で運行再開したNightjetが環境問題の意識向上の後押しを受け、商業的成功を収めたことで、路線を拡大。既にNightjetブランドは欧州で最も大きな勢力となったことは周知されています。
さて、そのような中旧来の車両のリニューアルも進め、新たに固定編成で高速化にも対応したSIEMENS製の新世代車両が登場し、まだ営業運転開始前ではありますが、既にÖBBの公式ウエブサイトで専用ページが以下アドレスで公開されています。

Nightjet der neuen Generation

これによれば、今回の新しいNightjetのカテゴリは以下の6種となります。

・Schlafwagen Confort Plus(WC/シャワー付き2人用寝台)
・Schlafwagen Confort(WC/シャワー共同2人用寝台)
・Mini Cabin (1人用ベッドの簡易寝台)
・Liegewagen Confort(4人用簡易寝台)
・Abteil Barrierfrei Confort(2人用車椅子+2人用介護者対応)
・Sitzwagen Confort + Multifunktionsbereich(テーブル付き4人向かい合い座席+多目的区画(自転車置き場など)

基本的には、今までの5種のカテゴリを基本に、より快適性を強化した新しいイメージのインテリアデザインを目指した設備になっています。今回最も注目しているのは、日本のカプセルホテルからインスピレーションを得て開発したというMini Cabinで、このカテゴリが加わったことで6種のカテゴリに刷新されたということです。

寝台車は、設備的に以前同様、個室内に洗面台が基本的に用意されていて、個室内のWC/シャワー室の有無が、ConfortかConfort Plusの違いになります。(Confortは、WC/シャワーが共同)いずれもモダンで明るいインテリアが特徴でベッドから続くソファタイプのシートと大型テーブルのレイアウトは、機能的でかつ居心地の良さそうな印象を受けます。

Mini Cabinは、これまでの簡易寝台の複数ベッドの区分室からベッドのレイアウトはそのままに、シャッターを使ってベッドを独立させて一人分のベッドの占有面積を拡大。ベッドの上にテーブルを設備し、そのスペースを可能な限り有効に活用できるアイデアが実に秀逸なデザインになったと評価します。
つまり、それまでの区分室では左右のベッドの間のスペースをなくし、そのスペースを各ベッドのスペースに使うことで、1人分のスペースをベッド+αとしている点にあります。靴入れや小物入れも各ベッドの数が梯子のスペースを使っているなど、まるでパズルのような無駄のない合理的なレイアウトを実現しています。

簡易寝台車には、今まで同様の4人用区分室も用意されていますが、これは1名から4名まで指定することが可能です。家族など1グループとして1区分室を占有するのは、同室の他者への気を遣う負担が少なく精神的にも良いでしょう。逆に1人や2人のリーズナブルな旅行ならMini Cabinは重宝するはずです。

同じ簡易寝台でも、バリアフリー対応の区分室は、車椅子利用者2名+介助者2名分のスペースとベッドが設備され、車椅子の動きに対応できる広い空間が約束されている上に、今までのバリアフリー対応個室と比べて、ホームからの乗降がステップレスで可能な一段低い低床になっている点が大きく異なる部分です。WCは隣接したバリアフリー対応で、最小限の動線で移動できるよう設備されています。

座席車については、これまでIC用の座席車両をそのまま活用した開放室、或いは区分室車両でしたが、今回は、大型テーブルを中央にレイアウトした4人用ボックスシートが並んだ開放室となり、自転車などが置ける荷物スペースに隣接した設備で、2等乗車料金だけで利用可能なリーズナブルな座席車を利用するアクティブな若者をターゲットとしてマーケティングした結果がこの設備に現れていると感じます。

いずれのカテゴリも、これまでの夜行列車の設備は快適性を1段も2段も向上させた印象があり、今後欧州の標準的設備とカテゴリになるのではないかと推測できます。
供食については、カテゴリ別に用意される内容が異なり、寝台車と簡易寝台、Mini Cabinには朝食が用意されていて、座席車はサンドイッチや暖かい夜食などが用意されています。各指定された場所に届けられますが、朝食が料金に含まれているのは寝台車だけで、前夜に配布されるアイテムシートに6つまで無料(7つ目からは別途料金)で選択し、車掌に渡すことで翌朝シートサービスされます。簡易寝台、Mini Cabinや座席車は、別途支払いで用意されるもののようです。

・寝台車の朝食(利用料金に含まれる)供食メニュー表
・簡易寝台、Mini Cabinの供食メニュー表
・座席車の供食

CNLやICNなどでは別途食堂車が用意されていますが、車両を移動することやキャパシティの問題など、シートサービスにしたことは、専用車両の用意がいらないことなど、夜行列車としてトータルで熟考した結果だと考えられます。

この新世代Nightjetは、車内設備だけが新しいわけではなく、初めて固定編成でプッシュプル対応になった客車列車というだけでなく、最高制限速度が230Km/hとなり運用各国の高速新線を走ることで、速度向上と途中駅での連結開放作業がなくなり、時短効果が生まれます。(一方でKurswagenがなくなりきめ細かな乗換えなしで目的地に行けるサービスは縮小される可能性があります)

さて、私たちが気になるのは、その運用開始と運用区間ですが、まず来月からWien Hbf / Innsbruck Hbf - Hamburg Hbfを結ぶ路線で開始される予定です。その後、以下の路線に徐々に路線拡大が行われるとのことです。

・Berlin - Halle (Saale) - Erfurt - Strasbourg - Paris (週3往復)
・Berlin - Halle (Saale) - Erfurt - Köln - Aachen - Brüssel (週3往復)

日本でも少しづつではありますが、夜行列車の拡大が今後行われるのではないかと想像できますが、この新世代Nightjetのカテゴリやインテリアデザイン、アイデア、供食スタイルに至るまで大変参考になると考えられます。

この新世代のNightjet、寝台車だけでなく、全てのカテゴリで試してみたいと思うのは、私だけでしょうね。
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ÖBB NightJet 新型客車が登場 [欧州鉄道]

欧州西側の夜行列車はDBのCNLが商業的な失敗から撤退して、その失敗を徹底的に分析して登場したÖBBのNightJetは、CNL時代と変わらぬ車両を使いながら、ソフトのサービス向上で利用者は着実に増え、今や「飛び恥」などという言葉も出てくるなど、航空機より鉄道移動がトレンドになりつつある状況は、European Sleeperなど欧州西側やチェコのRegioJetでも夜行運用を始めるなど、NJ以外でも次々に民間で夜行列車が脚光を浴びていることからも、その進化は歓迎されることとなるでしょう。

そんな中で、かねてからアナウンスのあったÖBBのNightJetがSIEMENSのViaggioをベースにした客車による新型車両のインテリアが完成、公表されました。以下は、Railway GazetteのWEB版アドレスです。(登録することで全文が読めます)

OeBB NightJet 新型客車 / Railway Gazette

この新型車両は、RailJet同様、制御客車つきの7両固定編成のようで、2両の座席客車(Bfmpz, ABbmpvz)、2両の寝台客車(WLAmz)、3両の簡易寝台客車(Bcmz)で構成されています。定員254名です。

これを見ると、座席客車の1両は2等開放室制御客車で、もう1両は1/2等合造の区分室/開放室客車、2両の寝台車は全て1等車扱い、3両の簡易寝台車(クシェット)は、2等車扱いです。

3両のクシェットには、おそらく2種のカテゴリがあって、4人用区分室のほか、ミニキャビンと言われるカプセルホテルにリスペクトしたと言われる1人用の区分室があります。注目は、やはりミニキャビンで、新しいアイデアがこの小さなキャビンに詰め込まれているのがわかります。例えばベッド上の様々な機能がついた折り畳み式の大型テーブル。そして外に面したハシゴの壁には、鍵付きの下駄箱と小物入れが備わっています。もし、1人旅なら4人用個室ではなく、このミニキャビンを私は選ぶでしょう。この1〜2人旅の利用者をターゲットにしたミニキャビンは、今後の夜行列車の新しいカテゴリとして普遍的なものになると個人的には思えてきます。

1等寝台車は、シャワーもついた豪華な個室になるので、今以上に人気になると思いますが、2等寝台がなくなるので、利用者は分かりやすい選択となるように思います。(1等のみになるのはちょっと残念とは思いますけど、包括料金になるので安くなることもあり?)

「コンパートメント、ミニキャビン、荷物ラックには、NFC スマート カードを使用してアクセスできます。 リアルタイムの乗客情報システム、無料 Wi-Fi、USB および電磁誘導充電ポイント、モバイル信号透過窓などの機能が備わっています。」
...とあるのは、カ寝台個室やミニキャビン、或いは付帯する荷物入れが1枚のカードキーで解錠・施錠ができるのでしょう。今の時代に合わせて、車内Wi-FiやUSBコンセント、非接触型のスマートフォン用充電器もあるのでしょう。『mobile signal permeable windows』(モバイル信号透過窓)については、良くわかりません。また、軽食とドリンクが用意されているのは、ウエルカムドリンクと夜食のことだろうと想像できます。現在のNightJetの供食スタイルが、この新型車両の登場でアップデートされるのかも知れません。

他に、ベビーカーや(スキーやスノボなど)大型手荷物を収納するスペースも用意されているのは、夜行列車としては嬉しい配慮です。手荷物制限をする予定がないというのは、利用者の意向を十分に配慮した結果だろうと思います。このあたりのきめ細かな配慮がCNLには欠けていたのだろうと考えられるので、CNLの失敗を徹底的に分析して作り上げたNightJetブランドは、ある意味成功例としては、至極真っ当な結果だと感じます。

オーストリアのレオノーレ・ゲヴェスラー連邦気候変動対策・環境・エネルギー・モビリティ・イノベーション・技術担当大臣は、「鉄道での旅行は気候を守ることを意味する」と述べたのは、欧州だけではなく、世界に共通する課題でもあるべきことでしょう。Viaggioベースの新型車両は、最高制限速度230Km/hとのことで、ようやく欧州西側各国で高速新線の建設が進み、各国の高速新線がネットワーク化したことで、国際列車が中心となる夜行列車の到達時間が大幅に短くなり、その役割が今後は益々大きくなってくると感じます。
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140 Jahre Orient-Express [欧州鉄道]

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▲ 1884年の雑誌"High Life"に掲載されたOrient Express広告(Quelle:125 Jahre ISG / EK-Verlag)

140年前(1883年)の今日、オリエント急行がボギー台車の新しい車両で運用開始した日になります。
その前列車まで使用されたのは、3軸寝台車・食堂車でした。なぜCIWLがオリエント急行の名称で運用開始した記念日を運行開始した6月5日ではなく、新車に置き換わった10月5日にしたのかは既に記していますが、創業者のマッケールスが、米国で体験したプルマン社の寝台車レベルより快適な車輌での運行を目指していて、3軸客車ではまだ不満があったと言えるでしょう。(当時の線路状況や3軸客車で4泊程度の旅行はいくらスピードが遅く、内装を豪華にしたところで、その乗り心地は知れています)

本来なら6月5日のオリエント急行運行開始に間に合わせるはずだったボギー台車の車両調達が間に合わず、列車自体は運行開始したものの、セレモニーもなかったようですが、10月5日にようやく新型客車の運用開始に伴い、改めて仕切り直したようです。なぜそこまで新型客車にこだわったのかは、CIWLが運行そのもの以上にその設備やサービスに拘る企業だったからに違いありません。

この日には上得意さま(各界の名士?)以上に重要視したのが米国のジャーナリストの招待だったようです。当時、新聞メディアは、最大の媒体であり、欧州からアジアの接点を結ぶオリエント急行が、最高の設備とサービスで移動の提供をすることをメディアで報道することは、どのような広告媒体よりも大きな効果があったであろうことは想像がつきます。
この効果はあったことは、今現在の「オリエント急行」のネームバリューを考えれば容易に想像がつきます。

ただ、一方で「CIWL客車=オリエント急行」という方向になってしまう...つまりその後CIWLが提供する各PULLMAN-EXPRESSやLe Tran Bleuなど数々の名列車の名称の影が薄くなったのは、テツ的には残念ですけど...。
つまり、CIWLの判断は正解すぎた...ということでしょうね。
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ENCYCLOPEDIE DES VOITURES SNCF [欧州鉄道]

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先日FD "Mozart"編成表を纏めるにあたって、初めはすぐにできるであろうとタカを括っていました。しかし、いつものように編成の資料が掲載されているサイトのページを見ると、まず欲しかった1987年の編成表がなく、1986年の編成表を使うことにしました。もしかしたら1987年の編成は前年と同じだから無いのかも知れません。

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▲ Quelle: Welt der Modelleisenbahn

上の編成表は、有名な"Welt der Modelleisenbahn"をキャプチャしたものですが、取り敢えずこれに従って作成しました。気になるのは、形式が全てドイツのDB規格で表記されている点です。例えば2等区分室座席客車の形式はBvmzと記してありますが、これはDBの表記でありÖBBではBmzになります。
また、この表だと編成のほとんどはWien Westbf. - Strasbourgで、Paris Estまで直通するのは3両のみになります。Strasbourgから先は機関車に3両の客車だけ牽引してParisまで走るのは現実的では無いような気がしていましたが、ここにはそう記してあるのでそのように編成表として完成させたのです。

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▲ 当初作成したFD Mozartの編成表(誤りが多いです...)

それをサンプルとしてFacebookの欧州客車グループやドイツのメルクリングループなどに投げかけたところ、別のサイトをここでもお世話になっているBOAC-VC10さんがヒントをくれました。それがVagon WEBという編成表をグラフィカルに表現して提供してるサイトでした。

これによれば、StrasbourgでWienから到着した列車のうち3両を残して切り離し、そこに新たに食堂車や半室荷物車を含む11両もの客車を連結し、BB 15000形機関車が堂々の14両編成でParisを目指します。
ここに、記されているのが当然ながらSNCFの座席客車で、どうやらコラーユ客車のようです。
コラーユ客車は、私もパリに行くときに2等開放室(B11tu)に乗車したことがありますし、1等車(A10tu)はあることを知っていました。しかし、ちょっとウエブでこの客車を調べるとコラーユ客車は様々な種類があることがわかり....。

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そこで、この分厚いSNCFの客車本(ENCYCLOPEDIE DES VOITURES SNCF)の出番となりました。
この本は、少し前知人のSさんが、私に直接電話を掛けてきて「自分にはもう先がないので、あなたに私の蔵書を譲りたい」とのお声をいただき、お宅にお邪魔して譲って頂いた1冊です。彼は欧州に限らず、海外へ撮影旅行に行くのが楽しみで、旅行前に綿密な計画を立てるために情報収集には欠かさなかったことが、ご自宅にお邪魔した時にその資料の整理などからすぐ理解できました。

しかしながら自宅に持ち帰ってきたものの、この本は全てフランス語でSNCFの客車を調べる機会もなく本棚にしまってあるだけでしたが、このFD Mozartの編成表を作るのに役立ちました。フランス語の文面は読めませんが、単語はわかる部分も少なからずあり、文脈はドイツの書籍と同様なので、何を記してあるのかは想像はすぐにつきます。

そのような訳で、図らずも国際急行であるFD Mozartを調べたことで、コラーユ客車やその詳細も理解が進みました。できることなら1970年代のコラーユ客車が全盛時代、機内食スタイルの供食設備(ギャレー)があった1等車でランチをしながら鉄旅をしたかった..と、この本を読みながら妄想してしまうのでありました。

[EDIT] 2023-09-15
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ヨーロッパ国際列車追跡乗車記 [欧州鉄道]

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先ほど手元に鉄道写真家の南正時氏の最新刊「ヨーロッパ国際列車追跡乗車記」が届いた。この本は、彼が欧州の鉄道に魅せられ、積極的に渡欧して撮影した1970年代から1980年代初めの西欧各国のTEE列車を中心とした列車の取材で集めた資料の集大成と言えようか。

TEEは、ここをご覧の皆様には改めて説明する必要もないと思いますが、日本同様経済成長の西側ヨーロッパでは欧州間国際移動に航空機が鉄道に変わってシェアを伸ばしていた時期で、まだそれぞれの国の鉄道事業者が独自に行なっていたサービスを、鉄道利用者の航空機への利用を取り戻すモデルとして西側欧州国際線の各鉄道事業者がTEEの旗のもとで、1等車+食堂車(+バー)で組成された車両を共通したサービスで運用するというオランダのホランダー博士の提唱で始まった取り組みです。
当初は、気動車中心のTEE列車でしたが、1970年代にはほぼ客車列車になり、この本の被写体の主役は、機関車牽引の客車が中心です。

この本を捲ると、驚いたのはまず当時のTEE路線系統図とその列車名に振られた番号順にこの本で紹介されていること。国別に列車が整理されて紹介され、単に画一的で表面的な列車紹介ではなく、南氏がこれら列車に乗車して体験された様々な出来事を写真とテキストで紹介されていること。彼が撮影した美しいヨーロッパの風景を走る列車写真とともに車内で彼が体験した出来事の紹介は、まるで自分自身が初めて欧州で体験した列車内の感動を蘇らせてくれるものです。そういう意味ではノスタルジックな感傷に浸れるのは、私もTEEではないものの1980年代後半に初めて渡独し、全てが物珍しくあの雰囲気に酔いしれた世代だからかも知れません。

私が初めて欧州に渡ったのが大学時代の学生ツアーの1985年で、留学したのが1988年。この時にはDBでTEE "Rheingold"は既に終焉していて、唯一残ったTEEはSNCBでした。当時そこまで乗りに行くなど考えもしなかったので、結局TEE列車には乗車できませんでした。しかし、私個人にとって、この本はその無念を晴らすかの如く発刊されたように感じています。まだ読み始めてもいないので、内容の感想は書けませんが、私の中にあるTEE列車への憧れがきっと詰まっていることと思います。

TEEのほか、ドイツのLHAE、イタリアの夜行列車、DSBのLyntogからIC3、クルーズトレインのVSOEまで、消滅した列車から今なお残る列車までその乗車記がこれでも..というくらい掲載されています。
もちろん、TEEの全体を把握するには欧州で発刊されているTEE本には敵いませんが、それとは違った視点で当時の華やかりし欧州鉄道を日本語で読んで知るには、十分な内容だと感じています。

資料としても、読み物としても、写真グラフとしても欧州列車ファンには楽しめることだけは、すぐに理解できました。



ヨーロッパ国際列車追跡乗車記 (旅鉄BOOKS069)

ヨーロッパ国際列車追跡乗車記 (旅鉄BOOKS069)

  • 作者: 南 正時
  • 出版社/メーカー: 天夢人
  • 発売日: 2023/07/19
  • メディア: 単行本


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RhB Weltrekordversuch [欧州鉄道]

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Foto: STADLER

今日、スイスのメーターゲージで有名なRhBが、世界一長い旅客列車の挑戦をしています。
スイスのテレビ局Blick TVが今現在ライブで中継し、同時にYouTubeで以下配信しています。

RhB Weltrekordversuch

この前代未聞の挑戦?は、RhBの持つSTADLERの4両編成電車の車両を25編成連結して100両で全長1,91Kmになるそうです。これまでの記録は、混合列車で全長1,85Kmとのことで、これが成功すれば世界にこのニュースが流れるでしょう。

ちょっと子供染みた挑戦にも真剣に計画して実際にやってしまうこの試みはいかにも欧州らしいと思います。RhB路線は大半が単線なので、この日の列車運行は、おそらくこの列車のみなのだろうと思います。そうしたことが許されてしまう社会のコンセンサスにも驚くと同時に羨ましくも感じます。(おそらく沿線の公共交通は臨時のバスが代行するのでしょうね)

[追記1]
この世界記録の挑戦は見事に成功したようです。

当日の沿線には今回のイベントのメインパートナーとなっているメルクリンからの出展で100両連結され全長80mにもなるLGBの同形車両モデルが展示されたりしていた画像がありました。

沿線には各地でたくさんのギャラリーが集まり、ヘリコプターで中継映像を送るテレビ局もあって大変な賑わいのあるイベントとなっていたことが映像から伝わってきました。

何はともあれ、RhBの試みは成功裏に終了しました。心よりおめでとうございます!

[追記2]
日本では、テレビ朝日がBlick TVの映像を引用して報道されたようです。
【ギネス記録】“100両編成列車”全長1.9Kmでスイス山岳地帯を走行

[EDIT] 2022-11-05
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InnoTrans 2022 [欧州鉄道]

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▲ InnoTrans 2016開催時のメインエントランス

今日からベルリンでInnoTrans 2022が開催されました。2年に1度開催される交通関連の世界最大のメッセは、前回が2018年で、2020年は新型コロナの影響で中止となり、その後も延期が繰り返され、今回は4年ぶりの開催となります。

ベルリンのメッセ会場の特徴は、線路が会場ゲレンデに施設されているため、編成単位で実車が展示可能です。そこが日本の鉄道技術展との大きな違いです。

私は2016年に出展者として参加したのですが、今回も参加はできませんでした。インターネットの発達やSNSが日常となった今は、リアルタイムで現地の状況が観れるので、現地で体験できない今回のメッセはネットからバーチャルで情報を取ることは可能です。
ドイツで開催されるので欧州市場がメインではあるものの、日立を始め日本からの車両メーカーやJR、サプライヤーなども毎回このメッセに出展しています。

今日から23日までの開催ですが、既に多くの情報がネットで見られるので、その内の1つIRJ (International Railway Journal)サイトをリンクします。

InnoTrans 2022 / IRJ

このほか、先日記者発表したDBの新しいTalgo客車を使ったICE Lやイーロンマスクが出資している開発中のHyperroopなど、未来の交通についても展示されているようで、1日では全てを見て回れない規模のこのメッセは、入場する価値が十分にあリます。ただし、業者向けの専門メッセなので一般の入場は可能かも知れませんがウエルカムではないと思います。前回までは5日間開催のうち後半2日間は屋外展示場を一般開放していましたが、今回は、一般開放がなくなり3日間開催となったのは残念でした。
タグ:Innotrans
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