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43242 DSG 1160 WR4ü(e)-39 / Ep.IIIb [Maerklin-Reisezugwagen]

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▲ 厨房側

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▲ 食堂側

今年の新製品モデルのうち、何種類かが既に届いていますが、そのうちの一つであるSchürzenwagen食堂車(43242)を紹介します。
このモデルは、2007年から2016年まで10年間リリースされた単品モデルです。

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▲ 43242モデルのエアコン用ルーバー部分

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▲ 2007年新製品パンフレットの43242モデル

このモデルが届き最初に見た瞬間、実は少々落胆しました。何故なら上画像のパンフレットのモデルと明らかに違うからです。それは、エアコンのエアーインテーク部分や窓上のベンチレーターが彩色されたのとは違ったからです。パンフレットは銀色に塗装され、いかにも後付けらしい雰囲気が醸し出されていたのですが、画像でもわかるようにリリースされたモデルは黒で印刷された今迄のモデルと同様です。
一方で、メルクリンの新製品パンフレット画像は、実車と異なる印刷がなされている場合も少なくなく、リリース時には修正されていることも間々あることは経験済みなので、実車が本当はどうであったか未確認ながら、おそらくモデルが正しいのであろうと思います。
そう言えば、昨年の新製品の"Hans Sachs"セット(43929)の同形食堂車も43242のパンフ写真と同様になっていたのですが、実際のモデルは黒で印刷されていました。

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車体中央部分のDSGマークとロゴが大きく描かれています。戦後暫くは国際線連絡列車には敗戦国の西ドイツの食堂車や寝台車サービスが許されていませんでした。1950年代後半からようやく許されたDSGは西ドイツ国内のネットワークと限られた国際線のサービスでしたが、それだけ車両は精一杯のサービスに努めていたように思います。鮮やかなRubinrot色の車体に塗装され、大きく描かれた「DSG」マークとロゴは、ベルギーに本拠地を置き西欧諸国に大きなネットワークを持ち、車体中央に金色の向かい獅子を掲げ紺碧の車両を持つワゴンリ(CIWL)独壇場とも言える状態で、精一杯の主張であったように思います。

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台車は、長いホイールベースを持つGörlitz III Schwerから高速走行も可能で静粛な性能を持つMinden-Deutz型に履き替えられています。

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厨房側妻部分側面です。1950年代から60年代の欧州は映像や画像しか知りませんが、石炭にまみれた蒸気機関車や暗い塗装色の客車群の中で、この鮮やかな赤色の食堂車の存在感はいかほどのものか想像できます。

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車体表記は、他の車両と同様に窓の桟の部分に記されています。形式表記はWR4ü(e)です。

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車体番号は、CIWL車両と同様、妻部に近い裾上にDSG番号が記されています。MITROPA時代からこの場所に表記されているので、この表記規格はCIWLとの取り決めがあるのかも知れません。
車体番号の「1160」は同形式第1製造グループ(1146-1187)として1939年WUMAG社にて落成。1968年のEp.IVのUIC表記化により、車両形式はWRügh152、「51 80 88-46 160-4」に変更。更に1976年からは「51 80 88-40 160-6」に変更。ポップカラーになりました。このポップカラーの車両番号はメルクリンで製品化(26512)されています。1976年に廃車となりました。

RICラスターは、8カ国の鉄道入線許可が記されています。

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REV(検査日)表記は、1960年3月15日です。次回は1年後の同日と赤色で記されています。

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エアコン用ルーバーの部分と俯瞰画像です。黒色一色の表現はやや物足りない印象です。屋根はシルバーですが、鮮やかな赤色車体に良く似合います。ただ、このシルバーが当時の清掃状況や煤煙などの影響でどの程度保たれていたのかはちょっと気になるところです。

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妻部正面です。座席車と異なり独特の貫通扉です。ゴム幌に改造されている姿なので扉の形状がより理解できます。モデルは車体と同色ですが、実際は木目にニスを施した仕様かも知れません。また屋根には尾灯ランタン受けが設えている車両もあるので、この1160モデルが正しく再現されているかは不明です。

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▲ Hans Sachsセットの同形食堂車(手前)との比較

このモデルの仕様は、前途した"Hans Sachs"セットと同じと記しましたが、Rubinrot色のEp.IIIbのDSG仕様、エアコンを装備しています。貫通幌はゴム幌化され、台車はMinden Deutzに履き替えられています。違うのは「1160」と記された車体番号程度です。
また、この2つのモデルを並べると"Hans Sachs"の食堂車は同列車を表現したサボが印刷されています。それ以外での違いは見付けられませんでした。私個人は、同じモデルが2台あっても好きなSchürzenwagen食堂車なので良いのですが、両方をお持ちの方には持て余すのかも知れません。
とは書いたものの、この食堂車はようやく昨年からリリースが始まったEp.IIIb仕様のGruppe 39系列客車の一部としてのもので、これら濃緑色客車との組み合わせはとても美しいし、少なくとも車体番号が違うのは、コレクターの心をくすぐります。

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折角なので、Kempten機関区所属の18.3形(S3/6)にこの食堂車を牽かせて撮影してみました。のどかなAllgäu地方を走るD-Zugを妄想しながらモデルを眺めるひと時は心が癒されます。

参考文献:Schürzenspeisewagen der MITROPA / Schürzen-Schnellzugwagen Teil 1 / KIRUBA Classic 1/ 2020

[Edit] 2020-04-17


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コメント 4

klaviermusik-koba

なるほど、私もこの形式のSpeisewagenいくつかあるのですが、DSGとか MITROPAとか、あまり区別がつかないのです。台車はこの時期のはたいていMinden Deutzと思っていたので、その違いもわかりませんでした。
私は緑の客車世代なので、これの2,3等合造車やビュッフェ合造車、手荷物合造車などこれまでなかった合造車がでたので、喜んで買い集めた結果、どうやらだいたい揃い、青い118に牽引させて悦に入っているところであります。赤い食堂車は編成のどの辺に入れたものでしょうね。その頃ドイツで最後尾に連結されているのを時々見て、ずいぶんと違和感を感じたものです。日本の優等列車はだいたい中央部分に、それも1等と2等の間、というのが通り相場でしたから。赤と緑に塗り分けた 合造車、いいですねえ。窓の数が実物どおり、というのが何より気に入りました。
by klaviermusik-koba (2007-08-03 19:39) 

Akira

MITROPAとDSGの違いですが、戦争と東西分断の影響が大きく関わっています。戦前はドイツの鉄道はDRGという形で統一されていました。その中で食堂車や寝台車の営業は、西のISG(いわゆるワゴン・リ社)に対してベルリンに本拠地を置くMITROPA社が担当していました。戦後は東西分断され、ちょうど東ベルリンに本社が位置したMITROPA社は東独国鉄(DR)の寝台食堂サービスを担い、西側のDBは別会社を作りました。これがDSG社です。それも、Ep.III時代までは車輌もDSG所有の私有客車でしたが、Ep.IVではDB所有になりました。(もともとDSGはDBの子会社でしたが)よって、Ep.IIIの食堂車や寝台車は車体横に大きくDSGの文字とマークが踊っていましたが、Ep.IVからはそれもなくなりちょっと淋しくなりました。

食堂車の位置については、難しいです。当時の列車はKurswagen(列車を渡り走って遠方へ行く)車輌も少なくなく解結作業も多いので、様々な場所に組成されているというのが本当かも知れません。

*今日のブログは、Kakaduと呼ばれる赤/緑のビュフェ合造車をテーマに触れています。
by Akira (2007-08-03 20:55) 

klaviermusik-koba

ありがとうございました。それで当時ベルリンを中心とすれ列車にMITROPAが多く使われ、西側を走る列車がほとんどDSGだった理由もわかりました。
スイスのビュッフェ車などにも見られるようにMITROPA は統一後も生き残っているのですね。(細々と、ですか?)

Kurswagen には泣かされましたねえ。今のように編成表などホームに出ていないから、大きい荷物を抱えて、いけどもいけども自分の目的とする客車に行き当たらない。
by klaviermusik-koba (2007-08-04 08:11) 

Akira

書き忘れましたが、ドイツ統一後暫くしてDBとDRが合併しましたが、同時にMITROPAとDSGも戦前の姿に戻ることになり、社名もMITROPAに戻りました。ただ、車輌所有はDBAGです。スイスへも進出しました(MITROPA SUISSE)が、結局撤退し、現在はElventino(今年のSBB食堂車新製品にあります)になっています。

昔はホームに編成表がなかったのですか。号車番号もバラバラだし、お察し申し上げます。
by Akira (2007-08-04 10:26) 

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